ラウンジ通いが「週3回」になったとき、僕の人生のブレーキは壊れた。借金4000万円に至るまでの「感覚の麻痺」

仕事が終われば迷わずタクシーを拾う

金額の次に必ず聞かれる質問があります。「結局、どれくらいの頻度で通っていたの?」と。

当時の僕にとって、夜のラウンジはもはや「特別な娯楽」ではありませんでした。週に1回は当然、多いときは週に2〜3回。仕事が終われば迷わずタクシーを拾い、夜の街へと繰り出す。それが、僕の当たり前の日常になっていました。

「たまの楽しみ」だったはずが、いつしか「義務」のような習慣へ。あの時、僕の中で何が起きていたのか。感覚が完全に麻痺し、自ら破滅へとアクセルを踏み込んでいた当時のリアルな記録を告白します。


「タクシー帰宅」という名のブレーキ喪失

今思えば、僕を狂わせていた象徴は「タクシーでの帰宅」でした。 電車で帰るという選択肢を捨て、酔った勢いのまま高額なタクシー代を支払い、借金でさらにその穴を埋める。その行動自体が、僕の生活から「現実的な経済感覚」を完全に排除していました。

「気分よく帰る」ためのタクシー代も、ラウンジでの5万円も、すべては借金。自分では「まだ大丈夫」と信じ込んでいましたが、それはただ、現実という冷たい崖から目を背け、麻酔を打ち続けていただけだったのです。

なぜ、自分では「異常」に気づけなかったのか

借金の恐ろしさは、それが「少しずつ」生活の隙間に入り込み、気がついた時には逃げ場を塞いでいることです。 最初は小さな贅沢だったはずのものが、いつの間にか「返済のために借りる」という自転車操業の燃料に変わる。そして、その異常さに気づく頃には、すでに僕の判断力は、借金の返済以外何も考えられないほどに摩耗していました。

「自分だけは大丈夫」という、一番危険な思い込み

当時の僕が抱えていた「まだ大丈夫」という考え方は、今振り返ると最も自分を破滅させた甘えでした。 もし今、あなたがかつての僕と同じように、「仕事帰りのタクシー代」や「ラウンジでの散財」を借金で賄い、それを「自分の生活」として正当化しているなら、今すぐ立ち止まってください。

その生活を続けていれば、出口のない闇に落ちるのも時間の問題です。


結論|ブレーキを失う前に、プロに相談を

僕はすべてを失うことで、ようやくその麻痺から目覚めることができました。 あなたには、僕と同じ失敗をしてほしくありません。もし、今の生活に少しでも「このままでいいのか?」という違和感があるなら、それはまだ手遅れではないというサインです。

一人で抱え込んでいても、借金の自転車操業は一生止まりません。まずは専門家に、今の生活を話すこと。誰かに現状を話すだけで、麻痺した感覚は驚くほど正常なものへと戻っていきます。


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